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SDM Voice|矢向 高弘教授(SDM教員)

SDM Voice|矢向 高弘教授教授(SDM教員)

情報工学の専門家であるとともに、分野横断型のゼネラリストでもありたいという矢向高弘教授。「多様性」のキーワードからひも解く学問の新たな地平線。SDMで目指す今後の展望について語っていただきました。

Profile

矢向 高弘(やこう たかひろ)

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

日本鋼管(株)、慶應義塾大学理工学部准教授を経て現職。専門分野:情報工学、計算機科学。現在取り組んでいるテーマは「高信頼の知的システム設計」。機械学習などの知的デジタル技術を多様な分野に適用していくために、社会との親和性を勘案したシステムの設計・運用法を目指す。

コンピュータに熱中した学生時代

私はもともと慶應義塾大学の理工学部出身で、そのときから一貫してコンピューターサイエンスの研究をしています。高校生の時に、友達の家でコンピューターに触らせてもらったのがきっかけで、自分でパソコンを購入し、その魅力に憑りつかれました。
当時はまだWindowsが普及する前で、「DOS(ドス)」というOSが使われていました。その仕組みがどうなっているのか考えたり、なぜパソコンが動くのか自分なりに仮説を立てて、部品を組み直してみたりしていました。今思えばあのときの体験が私の人生の出発点と言えそうです。

大学院に進学してからは、計算機科学を本格的に学び始めました。計算機科学というのは、コンピューターサイエンスの直訳で、情報と計算の論理的基礎からコンピュータの設計や応用技術に至るまでを広く扱う研究分野です。
大学院修了後、私は日本鋼管株式会社(のちのJFEホールディングス)の情報システム部で二年間ほど働きました。しかし「もう一度研究したい」という意欲に駆られて母校・慶應義塾大学理工学部へ。そこで准教授として教壇に立つようになり、ウィーン工科大学コンピューター技術研究所の客員教授や、信州大学総合情報センターの特任教授を兼任して、2023年の4月に、SDM(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科)に着任しました。

学問を越えたところに、本当の学問がある。

私がウィーン工科大学で教鞭をとっていたとき、日本の大学との環境の違いに驚きました。海外の学生はどんどん「質問」するのです。しかもその教室にいるのは異なるバックグラウンドの人たちばかり。専門分野も違えば、国籍もばらばらです。当然価値観も違いますから、考え方も違います。その人たちがお互いに率直に意見を出し合い、刺激しあう。私自身、研究者としての自分の成長に限りない可能性を感じた瞬間でした。
帰国した私は2019年、学内で「AI高度プログラミング・コンソーシアム(AIC)」を立ち上げました。AICでは、AI(人工知能)や高度なプログラミングを課題として"学生が学生に教える"という場を創ります。学部の垣根を越えて、学生がそれぞれの専門分野を持ち寄り、横断的に"学び合って"いく。学問を越えたところに、本当の学問がある。そのようなことを、私は研究者として、また教員として世に示したかったのです。このプロジェクトは現在も進行中です。
AICの活動で手ごたえを感じた私は、具体的な研究拠点を求めてSDMの門を叩きました。私にとって研究とは、アカデミズムの世界に立てこもることではありません。論文を書いて終わりではないということです。たとえば、私の研究テーマである「高信頼の知的システム設計」は、生成AIなどの知的システムの信用度をどのように評価・保証し、社会への普及に役立てていくか?という研究分野です。交通、メディア、教育、さらには医療にまで幅広く活用されつつある知的システムですが、知的水準が高まれば100%の信用度を保証することは不可能です。仮に技術的な課題がクリアされたとしても、そこには人間の生き方や幸福度、プライバシーの問題などが関わってきます。つまり"知的システムの信用度"という単一のテーマを扱うにしても、それを実際の社会への活かし方として議論する場合、社会学や心理学、法律や哲学、倫理学などの力を借りて、多面的なアプローチを試みる必要があるのです。これはまさしく"木を見て森を見る"SDMのシステムデザイン思考そのものです。そしてその世界線を、多様な人材とともに突きつめていけるのが、SDMの魅力だと考えています。

半学半教の精神 ~研究者としてのさらなる高みへ~

福澤諭吉先生の教えに「半学半教」という言葉があります。教員と学生も半分は教えて、半分は学び続ける存在であるという精神です。私はこの言葉が好きで、その通りだと実感しています。 私は情報工学を学び始めて30年のキャリアになりますが、最先端の研究の速度はすさまじく、学ぶべきことは無限です。その変化の速度についていくことも大切ですが、必死になって追いかけるあまり、ともすれば"視野"が狭くなりやすい。視野が狭くなるということは、俯瞰的に物事を見る機会を必然的に逸することを意味します。私の専門分野は○○だから、といって自分の世界に閉じこもることで、むしろ自分の可能性を限定してしまう。これは研究者にありがちなジレンマではないでしょうか。
そうならないためにどうすればいいか。それはまさしく半学半教、多様なバックグラウンドをもつ先生方や学生たちと切磋琢磨しながら、刺激を受け合うことだと思います。社会を想定しながら、ともに学び、ともに教え合う。私はそれが研究者としても人間としても、成長し続ける王道だと考えています。先ほども申し上げた通り、論文を書いたところで研究は終わりません。実社会の課題を本質的に解決してこそ、研究が完成する。それが私の信念です。
AIをどこまで信用するか、それさえも人間に委ねられている現代。今この瞬間にもものすごいスピードで技術が進化しています。だからこそ、多様な価値観の中でテクノロジーを俯瞰的に見つめていく、いわば思考の"アクセル"と"ブレーキ"の両方を使った学問的アプローチを、私はこのSDMから始めていくつもりです。 SDMは多様な学生と共に、バラエティー豊かな先生方がそろっているのも魅力です。学部での研究に物足りなさを感じている学生には、ぜひ興味をもってほしいと思います。また社会人として働いていて、視野が狭くなってきたなと感じている方々にも、このSDMの環境は非常におすすめです。様々な人との出会いを通じて、私自身も成長して行けるのを楽しみにしております。是非、講義でお会いしましょう。