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SDM Voice|猪熊 浩子教授(SDM教員)

SDM Voice|猪熊 浩子教授教授(SDM教員)

経済学博士であり、公認会計士として多くの企業の経営・財務を見てきた猪熊浩子教授。企業活動をグローバルな視点で見つめたときに浮き彫りになる問題や課題の数々。国際会計のプロがSDMを選んだ理由と、研究にかける想いを語っていただきました。

Profile

猪熊 浩子(いのくま ひろこ)

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

EY新日本有限責任監査法人、東北大学大学院経済学研究科会計専門職専攻(会計大学院)准教授、武蔵大学国際教養学部教授を経て現職。公認会計士。専門分野:国際会計、財務・経営会計、監査論、税務会計、経済システム設計。主著に『グローバリゼーションと会計・監査』(同文館出版)、他論文多数。

企業のグローバル化と、会計・監査的な視点

私が専門にしているのは、経済システム周りの制度設計です。グローバル化により国、企業、資金が国境を越えて動くようになりました。それに合わせて"共通ルール"を作る必要がある、というのが根本的な研究テーマの背景です。たとえば、企業は一年間の活動を終えて決算書を作りますが、それを作成するときのルールが各国で整備・運用されているのが現状です。決算書というのはいわば企業の"通信簿"のようなもの。その評価基準が国ごとに違っていては、企業の成果を適切に評価することができないのではないか。ですから、同じモノサシで測れるようにしませんか、というのは自然な発想となります。

国際財務報告基準(IFRS)の導入については、わが国でも多くの議論が交わされてきました。しかし実際には、これが非常に難しい。なぜなら世界標準化・統一化の流れで見たときに、国ごとに制度設計、規制、経営環境、文化が違います。各国で主軸となる資金調達の方法も違いますし、それを取り締まる監督官庁の規制執行の強弱も違います。EUでさえ通貨は共通化できても財政統合はできていません。それは、国それぞれの経済システムの仕組みが異なるからなのです。
つまり、グローバルな視点から世界の経済活動を見たときには、国際的な共通ルールを作るメリットは示されているものの、いざ国家レベルの政策に落とし込もうとすると、既存の枠組みを変更することのコスト・手間などのデメリットが大きすぎるのです。しかもそれが、得られるメリットと必ずしも釣り合わない。そこには投資家などの利害関係者(ステークホルダー)の存在も関係してきます。結果、自国に都合のいいルールにしたいという、各国同士の思惑が生まれてくる。これはシステムとシステムのぶつかり合いであり、いわば政治的な問題なのです。

分野横断で、新しいシステムを提案(デザイン)する

環境問題や貧困問題など、実際の国際社会で起きている課題を解決しようとしたときに、特定の学問分野に収まるものは一つもありません。正論だけでは通用しないのは、そこに利害が発生しているからにほかなりません。だからこそ会計学だけでなく、法律学、経済学、社会学、経営学、心理学など、様々な学問体系の力を借りなければ太刀打ちできないのです。私が「SDM」という分野横断型の環境を選んだ理由もそこにあります。
一方で、お金が絡まない社会問題は"存在しない"というのも事実です。会計はお金の動きを捉えるための学問です。漠然としたイメージにとらわれず、具体的な数値でその実像を明らかにしていくことに会計学の価値があります。企業の動きを解明し、そこから業界・セクターの動きを読み、業界・セクターの動きから国家の動向を予測し、さらに世界全体の動きを把握していく。それはまさに「木を見て森を見る」の発想ではないでしょうか。
大切なのは単なる"観測"に終わらせないということでしょう。特定の課題の解決にむけて、適切なアプローチを見出し、具体的なアクションプランを提示していく。そのために必要なのは分解と統合です。ある事象を取り出して、ステークホルダーごとに並べ直した時にはどうか、時系列で整理したときにはどう映るのか。そしてそれを組み直した時に、全体としてどう動くか。そのフィードバックを精緻化しながら、新しいシステムを提案(デザイン)していくのです。
経済学は理論とシミュレーションの学問ですが、それを現実社会にまで落とし込もうとするのがSDM(システムデザイン・マネジメント)の本領といえます。仮に、現実の制度設計の中での運用が難しかったとしても、アイディアとして提示していくことはできる。既存の仕組みにとらわれずに作り直してみよう。その突破力が、新たな扉を開くのです。学問の本当の面白さは、そういうところにあると思います。

マクロで見る仕組みと、ミクロで見る人間

私たちは誰でも自分中心に物事を判断するという性質を持っています。特に、損得に関わることになると自分を離れて正しく判断してゆくことは非常に難しい。それは今日のグローバル資本主義経済を見れば一目瞭然です。
ここから分かることは、経済システムはマクロ的には"仕組み"の問題であり、しかしミクロ的に見れば、それを作り上げているのは紛れもなく"人間"だということです。その人間が、自分ばかりを中心にして物事を判断しようとするので、世界の様々なひずみが生まれてしまう。大きな理想が、途端に覆い隠されてしまうのです。
私たちは、その分厚い雲の上空へ脱するために、思考の"抽象度"を上げていく必要があります。巨視的な視点に立ち、問題点を抽出し、ロジックを組み直していく。そこからアプローチの本質を見出し、それを他の分野に応用できる形にまで昇華(Re-design)していく。この一連の思考訓練はあらゆる分野で応用が可能です。
一方で、精緻化を極めていけばいくほど、変数のすべてが"数値化"できるものとは限らないということにも気づくでしょう。それは例えば、会社で働いている従業員の気持ちであったり、その向こうにいる家族の存在であったり、つまりはそこにいる"人"なのです。
この数値化できないものが大切だということを、私たちは忘れてはいけません。なぜならそれが、マネジメントの本質だからです。どんな学問も、世の中を助け人々を幸せにするためにある。そのようなことを大真面目に語れるのが、SDMの素晴らしさだと思っています。
SDMには多様性にあふれた学生と、個性豊かな教師陣がいます。この環境だからこそ突きつめていける独自の世界がある、私はそう確信しています。できる限りのものを与え、あるいは受け取り、そこで実ったものを現実の世界に役立てて行きたい。それが研究者であり、会計のプロである私の次なる挑戦です。 皆さんにお会いできるのを、心より楽しみにしています。