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SDM Voice|新妻 雅弘准教授(SDM教員)

SDM Voice|新妻 雅弘准教授(SDM教員)

2021年4月に着任した新妻雅弘准教授。父親の影響で好きになった数学とバッハ、さらに体の動きの癖(体運動習性)を組み合わせた研究は、専門性を掛け合わせるというSDMの理念にまさに合致します。「組織の理念と自分の本当に思っていることが一致していることは、何にも代えがたい充足感と満足感を与えてくれる」と話される先生に、その研究内容を伺いました。

Profile

新妻 雅弘(にいつま まさひろ)

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科准教授

慶應義塾大学理工学部卒業。同大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻前期博士課程修了後、英国クイーンズ大学大学院後期博士課程 (Ph.D.) 修了。立命館大学情報理工学部メディア情報学科助教、青森大学ソフトウェア情報学部専任講師を経て、2021年4月より慶應義塾大学大学院SDM研究科専任講師。2023年10月より同准教授。研究分野は人工知能一般、バッハ研究、体運動習性。

数学、身体の動き、AI......さまざまな専門性を掛け合わせる

最近耳にする機会の多い機械学習と呼ばれる分野では、交差検証という手法が分類精度評価によく用いられます。博士課程における筆跡鑑定の研究においても、ある未知の筆跡があったときに、「過去にバッハが書いたとされている筆跡に対して、交差検証で例えば80%の精度でバッハが書いたと判定することのできるAIによって、バッハが書いたと推定できる」ということが言えるようになりました。しかし、実際に筆跡鑑定やバッハ研究というドメインに全てを懸けて生きている専門家たちは、その数字に不満足でした。どんなにAIの技術が発達しても、人間による解釈可能性やデータをとりまく文脈が大事であるということです。今思えば当然ですが、今より視野の狭かった私にはすぐには理由がわかりませんでした。この潮流は現在、XAIという一分野を形成しつつあります。

私はこの問題から、本当に「腑に落ちる」とはどういうことか考えるようになりました。その結果、それはイメージ可能性と関連があり、身体性というものを考慮しなくてはそこまで踏み込んだ研究は難しいと感じるようになりました。

そんなとき、野口晴哉という一人の日本人が、人間の身体を独自の視点で観察し築き上げた、野口整体及び体癖論に出合います。野口の思想において重要となるのが「方向性」という概念です。ある音が人によっては音楽となり、雑音にもなる。このことを説明するために、私達側の身体に方向性があると捉える。音楽は人生の縮図であり、少し飛躍がありますが、人生もこの「方向性」の現象化なわけです。少し前にエイドリアン・ベジャンという物理学者が、「すべてはより良く流れるかたちに進化する」と言って有名になりました。彼の提唱するコンストラクタル法則は、身体の方向性に従って現象が現れることと関連性があるのではないでしょうか。私は、この視点が今の社会に不可欠であると考えています。

例えば、椅子に座っている時、疲れてくると背もたれにもたれかかる人がいます。一方で、そうならない人がいます。これが身体の「方向性」(前後)の違いです。従って、この違いを意識して椅子を作れば、その人に本当にピッタリ合った椅子が出来上がるはずです。椅子だけでなく、例えば車のハンドルの握り方も人それぞれに違います。身体の「方向性」に着目することで、本当にその人に特化した道具の設計、革新的なデザインが可能になるのです。面白いのは、この「方向性」が他のことにも一貫して現れてくるという点です。

人それぞれに癖が違う、身体の造りが違う─そして「方向性」が違うという視点に立った上で社会のシステムをデザインし直すことで、多様性を受容できる社会、何より現代の行き過ぎた脳中枢優越社会から、ひとりひとりの生命の要求に沿った、利他的行動原理を基礎とする社会への変革の足がかりになると考えます。

解決したい問題は何なのか、誰がそれを解決して欲しいのか

SDMの特徴はシステムズエンジニアリングの考えを取り入れているところにあり、分析、分解、統合というその考えの原型はデカルトの方法序説にまで遡るそうです。そして最大の特長は、「木を見て森を見る」という言葉で表現できると考えます。物事を考える時、俯瞰的に捉えるというのは森から離れている状態です。しかし、森を見てしまうと細部の木は見えなくなってしまいます。それでは駄目で、木も見なければいけません。森を見ることと木を見ること、この2つを同時に行うことが重要なのです。SDMではそのことを体系的に教えています。

最近AIが流行していますが、システムズエンジニアリングの考え方に従うならば、まず誰のために何を解決したいのかを吟味しなくてはいけません。またデータを分析するにしても、そのデータが何を示しているのかを俯瞰的に理解した上で、分析を行うよう努める必要があります。そうでなければ、分析結果がまるで役に立たないものになってしまったり、短期的には便利に見えても、長期的には人を不幸に導くことになってしまうかもしれないからです。

これからAIやデータサイエンスがますます社会に応用されていくことを考えると、システムズエンジニアリングの考え方を合わせて学んでいくことが大変重要になっていくと考えます。明があれば暗があるのがこの世界の理ですが、つい明ばかりに目が言ってしまうのが私達の習性であり、数多い社会問題の一つの原因となっているのではないでしょうか。システムエンジニアリングの考え方に基づき物事を俯瞰的に捉え、有機的相互作用を立体的に捉えていくことを学ぶことで短絡的な善悪論を律し、二元的でない調和の取れた視点を有する指導者が増えることで各々個人がもっとのびのびと自由に、それぞれの持つ可能性を開花できる社会環境が整う要因となることを望みます。