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SDM Voice | 八木田 寛之氏(修士課程2009年4月入学)

会社での自分の存在価値に対する危機感を感じてSDMに入学された八木田寛之氏。修了後は、その会社にて部門横断型の新ビジネス創出プロジェクトを立ち上げ、エネルギー分野で中東湾岸諸国を中心として世界各国での事業に邁進しています。SDMで得た自信やその後のキャリアについて伺いました。

八木田 寛之(やぎた ひろゆき)

三菱重工グループ(三菱日立パワーシステムズ株式会社) グループ長代理(2011年3月修了)

1979年生まれ。2000年旧東京都立航空工業高等専門学校機械工学科卒業後、三菱重工業に入社。都市ごみ焼却プラントの設計、その後火力発電プラントのサービスエンジニアに従事するとともに、2013年11月に次世代新ビジネス創出活動K3プロジェクトを旗揚げ。2014年からは三菱日立パワーシステムズ株式会社に所属。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻後期博士課程中途退学。米国PMI協会認定Project Management Professional。NPO国境なき技師団正会員。

二度の挫折を経験し、大学院進学を決意

現在、三菱重工グループ(三菱日立パワーシステムズ㈱)において、火力発電所のサービスエンジニアとして活動し、また事業拡大の戦略立案なども担当しています。サービスエンジニアの仕事は、分かりやすくいうと火力発電所のホームドクターです。国内および海外(中東、中南米等)のお客様のところへ平均して2日に1回のペースで訪問しています。この8年間で約100万km、地球25周分移動しました。訪問を通じてお客様のご要望をお聞きし、最適なメンテナンスの提案を行うのですが、一口に火力発電所といっても、国・お客様によって求められることは異なります。日本では、安定した電力供給のため設備の信頼性を向上させるための診断とメンテナンス、並びに省エネルギーが可能となる高効率化の改造が求められます。一方、これが海外へ行くと、「メンテナンスは実際のトラブルが発生してから考える」や「省エネルギーは重要だが、燃料は安価なので必要性はそれほど高くはない」という話がある一方で、「世界で初めてのものなら導入してみたい」など、その国の発展状況や文化、お客様の興味・関心によって様々です。

SDMへの入学を決めたのは、会社における自分の存在価値に対する危機感からでした。旧東京都立航空工業高等専門学校卒業後、三菱重工業㈱に入社し"環境装置"という都市ごみ焼却プラントの設計部署に配属されました。しかし、7年後にその部門は子会社化と整理統合で、突然解散となりました。異動となり次に配属されたのが、現在の火力発電所のサービス部門です。そこで中堅・若手社員が集められ、新規サービス企画の立案を任されたのですが、1つとして結果を出せないまま半年で解散となってしまいました。これら2つの出来事がきっかけとなり、自分の武器となるものを身につけたい、革新的なアイデアを生み出す手法を学びたいと思い、大学院への進学を考えました。いろいろ探していたところ、SDM初期のウェブサイトに書かれていた「未来の技術・社会を作る」という言葉に惹かれたこと、そして修士課程の必修科目"デザインプロジェクト(dPro)"で私が望んでいた革新的なプロダクトやサービス創出への挑戦が出来ると考え、SDMで学ぶことを決めました。

貪欲に学んだ2年間

実は、完全なるプライベートではあったものの大学院に通うことを上司に反対されたため、最初の1年間は会社には言わずに通いました。1年目は様々な授業のグループワークを通じて人脈(仲間)を広げながら、dProに持てるリソースすべてを投入しながら同じチームのメンバーと共に学び、実践していきました。その結果、"都心の廃校を再生して水耕栽培で高付加価値の野菜を作る「六本木ベジ&フルーツ」"というアイデアを考え、学内の最終プレゼンテーションでは初代"石井賞"を受賞することができました。学内の評価だけで終わりたくはなかったので、dPro終了後もチーム内外のSDMの仲間と活動を継続した結果、学外の"2009年第8回学生起業家選手権"で優勝(優秀賞)、"第6回キャンパスベンチャーグランプリ"では準優勝(関東経済産業局長賞)して、テレビ番組でも取り上げられました。これにより、ようやく自分も世の中に役立てる何かが出来るかも知れない、と自信が持てるようになりました。

SDM修了後は、会社で私が発起人となり、部門横断型の新規事業創出活動"K3プロジェクト"を立ち上げました。そもそも会社の存在意義とは何かに立ち戻り、そして100年後にどのような社会を実現すべきかを考えるところから活動は始まりました。関係者は100名を超え、各種調査、検討を経て1,040のビジネスアイデアを創出し、その中からプライベートウォーターシステムを含む有望な新規事業案を2つ選出。アイデアの新規性は15件の特許権利化によって検証が出来ています。事業化、そして世界各国へ普及して真に社会に貢献するまでの道のりは長く平坦ではありませんが、あらゆる手を尽くしながら、仲間と共に頑張っていこうと思っています。SDMでは、2012年から2014年に非常勤講師として、2015年はインストラクターとしてdProに携わりました。また、それらの知見を基に先生方との共著『システム×デザイン思考で世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」』を2014年3月に出版する機会にも恵まれました。その他会社の仕事面では2012年と2015年、2016年に日本政府系の事業で日本代表技師団のメンバーに選出され、中東湾岸諸国の政府高官・エンジニアを対象に、日本の最先端省エネルギー技術に関する講師を担当しました。SDMで培った物事の本質を問う力を仕事のあらゆる場面に活かすことで、お客様の真の要求をつかむことが出来るようになり、仕事の成果も上がっていきました。

真のリーダーが育つ場所

産業界の、「現代の大規模・複雑化した諸問題を解決するためには、次世代の技術・社会システムを創造する力強いリーダーが必要だ」という声を受けてSDMをつくったと聞いています。最近ではようやく、同じようなコンセプトの大学院ができてきましたが、SDMはこれからもパイオニアとして、現場でリーダーシップを取り、社会を良い方向に変えていく人たちが集う場所であってほしいですね。私はこの研究科で、ひたすら目的に向かって考え行動し続けた先に、新たな価値の発見と実現があることを知りました。

SDMは、私に困難な挑戦に立ち向かう覚悟と自信を与えてくれた場所。SDMなくして今の自分はありません。本気で今の社会を変えたいと思っている人、弱い自分を脱し、強い自分に変わりたいと思っている人にぜひ門を叩いて欲しいです。そのような熱意を持つ方々が集い、切磋琢磨を通じて社会を引っ張っていく真のリーダーが続々と誕生する。それがSDMだと思います。