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SDM Voice|谷口 智彦教授(SDM教員)

国際政治経済システムラボを主導し、主にその分野に関する講義を受け持つ谷口智彦教授は、内閣官房参与として総理官邸にも執務室を持ち、日本の対外発信を担当しています。SDM Voice 最初のインタビューとして、SDMの特徴や、学生に求める資質について伺いました。

Profile

谷口 智彦(たにぐち ともひこ)

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
SDM特別招聘教授経て2014年4月より現職。同年3月まで内閣審議官を務め現在は内閣官房参与として日本の対外発信を担当。それ以前、日経ビジネス記者として20年働いた後、外務省外務副報道官。元明治大学国際日本学部客員教授。著書にSDM講義録まとめた『明日を拓く現代史』他。BBC、Al Jazeera English出演が頻繁。

SDMはどんな学校なのか

私はSDMで、英語、日本語両方で講じる「国際政治経済学」など講義を受け持ち、修士研究の論文指導をしています。ラボ(研究室)では、何冊か書籍を題材に、戦後史について精密に読み込む作業をしています。

ラボには、本研究科を創設した狼、日比谷両大御所はじめ、博士課程在籍者、修士課程修了者など、年齢層の幅が50歳くらいになるメンバーが集(つど)っています。SDMと直接関係がない方たちも何人か来て、活発な貢献をしてくれている、そこが面白いところです。

世の中「オープン・イノベーション」が重視される時代です。開かれた学問環境が、SDMの持ち味でなくてはいけませんからね。単位や評価と無縁でも、互いのピア・プレッシャーで、テクストの解釈など驚くほど深くに及ぶのを見るのは私自身の励みになります。

特別招聘教授として建学以来関わってきたとはいえ、専任として働き始めてから、本研究科の面白さがますます見えるようになりました。

まずそのオープンさです。多くの大学・大学院は、昔ながらのいわゆる「タコ壷型」でしょう、学部間、学科間、研究室間にあまり往来のない…。SDMは対極にあって、文字通りの分野横断型です。

システムズ・エンジニアリングという学問は、巨大なシステムのデザインをいくつかの事業で必要とした、戦後の米国を原産地とするものです。その過程で、問題のつかまえ方、解き方、新しいシステムの構築法が体系化されていった。SDMは、日本でほとんど唯一と言っていいでしょうが、それを教えようとする学校です。

そこで教わるツールキットは、ロケットや人工衛星など巨大システムは無論、社会の制度、仕組みなど、あらゆるシステムに適用が可能です。例えば、医療保険や教育、あるいは安全保障や外交といったことも、多くの要素が有機的に重なり、ひとつの機能を持ってある目的に資するという意味では、すべてが一種のシステムです。

SDMはそれゆえ扱う対象がおよそ多岐にわたり、このことがSDMとは何ぞやという、定義を難しくさせている。でもその、簡単な定義を許さないところが面白く、誇るべきことだと思いますね。SDMで弾(はじ)ける学生は、その面白さ――ある種の方法論を身につければ、いろいろなことに応用できるという醍醐味――に気づいた人でしょう。弾ける瞬間を見ることができるのは、チューター冥利に尽きる経験と言えると思います。

ひとつ注釈をしておくと、およそ世の中にある制度は、みな過去の履歴をもっています。歴史を背に負っている。これから作り出すものにしても、いまある何かとの比較、対照を必要とするという点で、因縁を逃れられない。わたしはSDMで、歴史を常に考慮に入れる必要を説いています。戦後史を読み込んでいこうという問題意識も、そこに根ざしています。

社会との接点を持った教育の場

大学の場をかつて「講壇」と呼ぶ場合がありました。「講壇アカデミズム」というと、重厚な、権威に覆われた、しかし世間から超越した空間を思わせます。

浮世離れすることが、すぐさま悪いわけではない。ラテン語の習得、古典ギリシャ語の読み方など身につけようとしたら、若いうち、浮世を忘れて没頭する必要があります。それでやっと哲学の入口に立てる。中に入れば入ったで、人類の知の蓄積を前に立ちすくまなくてなりません。ひるまず前進する若者がいるからこそ、哲学という学問(ディシプリン)は進む。

本の虫となる営みを続ける心意気の持ち主には、常に敬意を払いたい。でもそれが行き過ぎて、世間と交わらないことが威厳のしるしであるかに錯覚するところに、やや皮肉を込めて「講壇アカデミズム」と呼ばれるゆえんがあったわけです。

SDMが扱う対象とは、これから新しく生まれるもの、あるいは解かれることを待っている問題、いわば未来に属する事柄ですから、万巻の書籍と格闘して突破口が開ける何かでは、もともとありません。一人で考えているうちに、アタマが煮詰まって何もできませんでしたと言って、許される領域でもない。ある解に、効率よく、かつ素早く到達するにはどうすればよいか、その実学に関する知の体系化がわたしたちのディシプリンですから、これは定義のしからしむるところ、実社会との往還を、むしろ必須とします。

教員の多くが実務経験をもってSDMに来ているのは、故なしとしないわけです。私も、目下、内閣参与として総理官邸に執務室をもち、二足のわらじを現に履いています。

学生に求める資質

社会人学生の中には、仕事での具体的な課題を解決したいと思って入学した人がいます。最初から問題が定義されていて、ヒントを少しもらえばすぐ解決策に到達できる場合もあるでしょう。他方、大学卒業後の直入生もいます。両者が交わり合うところが面白い。「自分のテーマは少し狭すぎたかな」と感じる社会人たち。「こうやれば問題を絞り込めるのか」と、社会人の同僚に教わる新卒学生たち。触発しあえるところが、SDMの長所です。

学生には、社会人であると否とを問わず、テーマを自分から見つけられる力を備えていてほしいと思います。そうはいっても、問題を見つける能力があるのかどうか、自分自身ではなかなかわかりません。特に若い人はわからないでしょう。そこも、他者との交わりの中で鍛えていくことができます。

「デザイン思考」という発想の作法をSDMでは身につけさせます。昔から、三人よれば文殊の知恵という。みんなで多様な発想を出し合うことで、解に近づくショートカットを獲得できる。「デザイン思考」とは、グループでなす営みなんですね。これをしっかりやってもらいます。そこに、問題意識を磨き合うことを可能にする何かが生まれます。

あらまほしいSDM学生像も、ですから、チームの中で発言を厭わない人、ですね、まずは。発言しなければ、反応も返ってこない。自分の間違いを正せませんし、知らなかったことに気づくこともできません。考えるより先に、手が上がる、口が回るくらいの人の方がいいのではないかと思います。常に頭を回転させ、問題を見つけては解法を探るプロセスの面白さが味わえたなら、年齢にかかわらず、その人はSDMで一皮むけたといえるでしょう。引っ込み思案の人も、恐れるには及びません。グループでアイデアを練る過程で、知らなかった自分を発見し、気がつくと前よりだいぶ積極的になっていた、ということも、しばしば起きる変化です。

送り出したい修了生のイメージ

かつて、日本興業銀行という金融機関がありました。日本産業の、床の間を背負って立っていた。そんな銀行に、中興の祖とされた中山素平(そへい)というバンカーがいました。その中山氏が、よく言ったものです。「キミね、問題というのは何のためにあると思いますか? 解決されるためにのみあるんですよ」とね。

出典はどうやらレーニン(ロシア革命指導者)らしいのだけれど、そのいわんとするところは要するに、問題に圧倒されるな、打ちのめされたり、くじけたりするなということでしょう。問題とは解決されるためにこそ存すると割り切れるなら、当のその問題を多角的に眺めることによって、自ずと解決策に到達できると、そういうことを言っている。

2015年は戦後70周年、先人たちの失敗をあれこれ振り返る機会がありましたが、なぜあんな愚かな戦争をしてしまったか。きっと、局面、局面で、世界を鳥瞰したり、別の道を考えたりするゆとりを持ち得なかった、その積み重ねだったのでしょうね。

「問題は解決されるためにある」と思うなら、心は開かれる。他人の意見に耳を貸せる。いろいろな解決方法を思いつくことができるのではないでしょうか。

たくさんの人たちと揉みながら解決策を見つけることが、いわゆる「デザイン思考」なのだと思います。それをすることによって、「ああそうか」という発想が生まれる。そういう心のゆとりと、問題の解決に必要な視野の広さを、SDMでは必ず養うことができます。

送り出したい修了生のイメージは千差万別ですけれども、ひとたび能力を獲得して外に出て行けば、どの世界に行っても、問題を解決できる方向を指し示すリーダーにきっとなれるだろうと思います。

問題解決のアスリートを養成

同じことを言い換えれば、養成したい人物は、「問題解決のアスリート」でしょうか。アスリートとなるには、まずどの筋肉をどう使うのか、どこを鍛えるのかを勉強しなくてはならない。それにしたがって毎日トレーニングしなくてはなりませんよね。そして、試合に出たら勝たなくてはいけない。そうやって初めてアスリートになるわけです。SDMはそのような意味で、「問題解決のアスリート養成校」ではないかと思います。

これまでには海上自衛隊の若手幹部なども来て、最優秀の成績で卒業していきました。一方では有名な金融機関のアナリストも、ここで自分のビジネスを見つけて卒業していきました。一流自動車メーカーのエンジニアもいますし、大学時代はまったく勉強しなかったので、今度こそしっかり勉強したいという若い学生もいます。学生のバラエティは富んでいるほどいい。女性の学生は割合多い方ですが、もっと入ってきてほしいと思っています。