SDM Voice|玉城 絵美 教授(SDM教員)
「世界中の体験を、自分の体験にしたい」——固有感覚の共有によって身体的な体験を分かち合う"BodySharing"の提唱者、玉城絵美教授。
研究者と起業家、二つの顔を持つ玉城教授に、研究の原点と、SDMで描く未来について語っていただきました。
Profile
玉城 絵美(たまき えみ)
人間とコンピュータの間で身体感覚を伝達し、体験共有を促進するBodySharing®の研究と事業開発に従事。2012年にH2L、Inc.を創業。
PossessedHand、UnlimitedHand、FirstVR、CapsuleInterfaceなどのBodySharing®インタフェースを発表。2020年国際会議AugmentedHumanにて、近年で最も推奨される研究論文として表彰。
内閣府 次期SIP バーチャルエコノミー サブPD、経産省 産業構造審議会 GIプロジェクト部会委員等も担当。Generative AI Japan 有識者理事。
病室で気づいた「体験の格差」
私の研究の原点は、10代の頃の入院体験にあります。あるとき移された6人部屋には、10代から80代までさまざまな年代の女性がいて、皆で朝から晩までおしゃべりをして過ごしました。その中で一番の人気者はおばあちゃんでした。戦争の話、恋の話----豊富な人生経験があって話が尽きない。私はそれが羨ましくて仕方ありませんでした。
一方でその病室には、体験を重ねる機会のないまま人生の終わりに向き合い、「もっといろんな体験をしたかった」と語る方もいらっしゃいました。寿命や身体的な事情によって、人が得られる体験の量に差が生まれ、本人にはそれを選ぶことができない。これはおかしい、と強く思いました。体験量を自分の意思で自在に増やせるようにしたい----それが私の「欲」になり、研究の出発点になったのです。
研究がないなら、自分でつくるしかない
では、どうすれば体験量を増やせるのか。歴史を振り返ると、人間は琵琶法師の語りから印刷、写真、ラジオ、テレビ、そしてソーシャルメディアへと、新しいメディアが生まれるたびに共有できる体験を増やしてきました。高校生の頃、ちょうどテレビ電話が使えるようになったので、試しに友人に「私の代わりにバーベキューに行ってもらう」実験をしたことがあります。ところが、画面越しに見ているだけでは、ちっとも楽しくない。映像や音声を受動的に眺めるだけでは、それは「誰かの体験」であって、自分の体験にはならないのです。
自分の体験、つまり能動的な体験にするには、視覚や聴覚だけでは足りません。本来の人間の感覚は20以上あり、内臓感覚や、筋肉の動き・力の入り具合を感じる固有感覚など、実に多くの層で成り立っています。「リンゴを持っている」と認識するためにも、形や大きさ、重さ、手応えといった複数の感覚が必要です。こうした身体の感覚まで含めて、能動的に情報をやりとりすること。それが体験共有の鍵だと気づいてサービスを探しましたが、事業者も、応用研究も、基礎研究さえもほとんど存在しませんでした。ならば自分でやるしかない。工学部に進んで博士号を取り、研究の傍ら準備を進めて起業しました。
こうして取り組んできたのが、固有感覚の相互共有によって体験を複数の身体で分かち合うBodySharingです。まずコンピュータから電気刺激でヒトの手を動かし、固有感覚を伝達する装置「PossessedHand」を発表しました。次に必要なのは逆方向、ヒトからコンピュータへの入力です。そこで開発したのが「筋変位センサ」。光の反射を使って筋肉の膨らみや凹みを読み取り、どの筋肉にどれだけ力が入っているかまで非侵襲で計測できます。押す筋肉と引く筋肉の連動が可視化されるので、たとえばごく一部のメダリストであるスポーツ選手が、通常は反比例するはずの両方の筋肉を同時に膨らませていることも分かりました。プロのギタリストの演奏データを計測して自分の腕に「インストール」してみたら、腕が攣って動かない。プロの身体は、訓練していない人間の可動域を超えているという発見もありました(笑)。この技術が広がれば、たとえば動画配信で配信者が持ち上げた石の重さを、視聴者が自分の身体で感じられるようになります。受動的な視聴が、能動的な体験に変わるのです。
最近では、わずかな筋肉の動きを増幅してロボットを操作し、ロボットが得てきた感覚情報を人間に返す「カプセルインターフェース」にも取り組んでいます。遠隔操作ロボットと完全に同じ動きをすると人間はすぐ疲れてしまいますが、この方式なら小さな動きで済み、身体の制約を超えて体験を取りにいけます。さらに、蓄積してきた人間の固有感覚データは、フィジカルAIの研究にもつながっています。テキストと違って身体の感覚データは世界的に希少で、プロフェッショナルの動作データからAIが新しい動作を生成できるようになれば、ロボットが自律的に体験を集め、人間と共有してくれる未来も見えてきます。病院と連携して、外出が難しい入院中の方々に病室から一人旅を体験してもらうプロジェクトも始めており、あの病室で感じた課題に、少しずつ答えが出せるようになってきました。
「欲」からビジョンを描く人を育てたい
SDMに着任したのは、社会的な何かを実現しようとするとき、一つの学問だけでは足りない、という実感があったからです。基礎研究から社会実装まで一気通貫で、複数の分野を横断しながらみんなでチャレンジする。SDMにはその環境と、そういう思いを持って入学してくる学生さんたちがいます。
着任して驚いたのは、先生方の分野が本当に多様なことです。理系の教員だけでなく哲学がご専門の先生もいらっしゃって、分野の垣根なく一緒に議論できる。時代とともに概念も組織もどんどん進化していく、そんな空気があります。
私の教育方針は、まず学生自身の「欲」を引き出すことです。どんな社会を実現したいのか、そのためにどんな知識やシステムデザイン、マネジメントが必要なのか。研究そのものと同じくらい、研究に至るプロセスを大切にしたいのです。生成AIやフィジカルAIが行動まで担うようになるこれからの社会では、「いかにビジョンを描くか」こそが人間の役割になります。そしてビジョンは、欲から生まれるものだと私は考えています。実際、SDMの学生さんの欲は実に多様で、「動物と一体になりたい」「木になりたい」なんて、私が思いもしなかった欲を持ってくる。一緒に考えるのが本当に楽しみです。
今後の願いとしては、学生の皆さんがもっと自律的・自発的に学んでいける環境をつくっていくことです。学校にいる間だけ学ぶのではなく、「学ぶ方法を学ぶ」。それができれば、社会に出てからも自分のビジョンを更新し続けるジェネラリスト、そしてビジョナリーとして活躍できるはずです。
体験の格差は、教育や経済の格差とも地続きの、社会の大きな課題です。世界中の体験データが集まり、誰もが自分の意思で体験量を増やせる社会----そのビジョンを、多様なバックグラウンドを持つSDMの仲間たちと一緒に実現していきたいと思っています。
