SDM Voice|前野 隆司教授(SDM教員)
幸福学の第一人者で、SDM研究科委員長も務めている前野隆司教授。SDMで実現したい理想の社会とはどんな姿なのか、その熱き思いを聞きました。
※肩書などは、インタビュー実施当時(2017年5月)のものです。Profile
前野 隆司(まえの たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
キヤノン(株)、慶應義塾大学理工学部を経て現職。専門分野:人間システムデザイン(社会・コミュニティー、教育、地域活性化、農業、NPO、ヒューマンインタフェース、認知科学・哲学など)。著書:「思考脳力のつくり方」(角川新書)「幸せのメカニズム」(講談社)など多数。創設以来のSDMのコンセプトを世の中に伝えていきたい
SDM研究科委員長(インタビュー当時)としての重要な役割の一つは、時代の最先端を走る者として、SDMのコンセプトと実績を世の中に明確に提示し、はっきりと伝えていくことです。私たちSDMは、常に生まれ変わり続け、新しいことに挑戦し続けています。研究科委員長は、そのまとめ役、リーダー役です。委員長の経験は私にとって、とても良い機会になりました。一教員だった時よりも、何十倍もSDMについて考えるようになった結果、全体をシステムとして捉えて変革していくというSDMのコンセプトをより強力に推進していく力が身についたと感じています。仕事が人をつくる、という言葉を実感しました。
SDMは今年度(インタビューが行われた2017年)で創設10周年を迎えます。この10年間で環境はずいぶん変化しましたが、SDMのコンセプトは、ぶれていません。創設以来のSDMの定義は「技術システムの設計から社会システムの構想提言まで、大規模・複雑で不確定要素の多いあらゆるシステムを創造的にデザインし、確実にマネジメントするための学問体系およびその実践」です。そのコンセプトは、当時から先進的だったと思います。今後もコンセプトの先進性はそのままに、時代に応じて中身は変えていきたいですね。そうできるという自負もありますし、事実、そうして伸びてきた実感もあります。もちろんその半面、新分野の学問がゆえの課題もあります。いまだに慶應義塾大学内のSFCと間違えられることもあるくらい、わかりにくく、説明が難しい面もあります。また、新分野だけに、教員も学生もバラバラな方向に進みがちです。コンセプトを軸にしつつ、皆が自由に活躍するために、両者のバランスをとっていくのが、研究科を束ねる者としての使命ですね。
イノベーション教育と幸福学を2本の柱に
私自身は、SDMに参画する前はロボティクスの研究をしていましたが、10年前にSDMに来てからは、イノベーション教育と幸福学の研究に研究分野を拡大しました。今では、日本におけるイノベーション教育の先駆者、幸福学の第一人者とも言っていただいていて、研究の2本柱となっています。イノベーションは、学問分野を問わず横断的になすべきことですし、幸福の追求というのは人生を横断的に見て取り組むべきことなので、どちらもシステムを全体として考えなければ解決しないテーマであり、非常にSDM的な取り組みです。
授業では、今秋の9月から新しく「現代幸福論」をスタートさせます。幸福学というと宗教のように感じる方もいるかもしれませんが、"良い心の状態"とは何かを考える学問です。モチベーションがあって、信頼関係があって、やる気もあるといった"良い心の状態"や"幸せ"を感じる状況、つまり"well-being"と、ものづくりや経営学、心理学との関係を考えるという授業です。幸せ度を高めるワークショップのほか、第一線で活躍するゲストも多数登場予定です。すべての仕事、すべての研究は、幸せにつながっていると思っているので、この講義は幸せになりたいすべての人、そして幸せな世界を創りたいすべての人に聞いていただきたいですね。
SDMを浸透させて世界の不要な争いをなくしたい
私には目標というか、大きな夢があります。それは「世界中の人が幸せで平和な世界をつくりたい」ということです。世界中の人が幸せで平和な状態というと大きすぎると感じる方もおられるかもしれませんが、システムとして根本的にやるべきことは簡単なんです。みんなが自分を信頼し、周りのみんなを信頼し、助け合って知恵を出し合い、イノベーティブに課題を解決して生きていけばいい。それだけです。そして、それはまさにSDMなんです。ですから、SDMのやり方を完全に世界に浸透させることは、あらゆる争いをなくすことにつながります。今のSDMの多くの研究では、世界の平和と幸福のためというよりは、そのもっと手前にある様々な問題を解決すべく活動しているわけですが、現状の課題解決と理想の未来をどうつなぐか、まで考えることが大切だと思っています。もちろん、私の人生は限られているので、私の手ですべてを成し遂げられるとは思っていませんが、100年後の人が「あそこで大きな手を打った」と思ってくれるようなことをしたいですね。抽象的ではありますが、目標は非常にクリアなので、逆にいうと、そのために具体的にできること、やるべきことは何でもトライしようと思っています。
世界の幸福と平和のために、本当は人類の半分くらいの人がSDMに入れる状態になるのが理想です。といっても、まだまだそうはなっていないので、同じような思いを抱いてくれている人、多様な未来をつくりたいと思っている人に、ぜひSDMに来ていただき、一緒に実践し、SDMの考え方を広めていきたいです。
私にとってSDMとは「幸せのデザイン&マネジメント」です。もちろん本当は、システムデザイン・マネジメントですが、SDMの究極の目的は、世界というシステム全体において人類にとって必要なことをやっていくことですから、個人的にはSDMと「幸せ・デザイン・マネジメント」は同義だと思っているんです。今年度でSDMは10周年なので、一層心が引き締まる思いです。これからは、システムとして捉えきれないような社会システムの問題や、well-being、つまり幸福の問題をきちんと教育に取り入れて、社会のニーズに合った形に変革し続けていきたいですね。